タイトル: Anarchx-Feministマニフェスト
サブタイトル: Anarchx-Feminist Manifesto
著者名: Anonymous
発行日: n.d.
ソース: https://anarchistbookfair.net/resources/manifesto/ : 2023-02-26
備考: Translated by Sykality.

 我々の目標は、あらゆる人種、階級、ジェンダーの差異を廃止することである = 全ての人に機会の平等を = 全ての人は自由と平等の権利をもつ

 世界中のいたるところにおいて、ほぼすべてのフェムたちは自身らの生に関わる最も大切な事柄すら決定する権利を剥奪され続けている。

 フェムたちは二種類の抑圧に苦しめられている:

1) 社会的/人種的/政治的/経済的抑圧

2) セクシズム――性別を理由とした抑圧と差別

 抑圧は主に5種類の姿をとっている:

  • 思想形態による抑圧=文化的伝統、宗教、白人至上主義、家父長制的広告/プロパガンダによる精神的支配。概念を通じたフェムたちの感情操作。感情労働を含む、フェムたちの感性や感受性の翻弄。あらゆるところに広く普及した家父長制的白人至上主義、権威主義的態度、そして資本主義的精神。

  • 国家による抑圧=私的生活を含む殆どの対人関係にまで及ぶ、上から下への命令系統を伴った階統的組織形態。

  • 経済による抑圧=消費者として、そして家庭および低賃金ないし無賃金(家事労働)のフェム的とされる場での労働者としての搾取と弾圧。

  • 暴力=社会はもちろん私的領域において正当化されて――逃げ道を奪うという形で間接的に、そして身体的暴力として直接的に。特にBlackやトランスのフェムにこれは酷く伸し掛かる。

  • 組織の欠如= 責任を粉砕し、弱さと無活動を引き起こす、無団結という暴虐。  これらの要因は協調し、互いを維持しあう暴力的な円環として同時に襲い掛かる。

 Anarchx-feminism とは、意識の問題である。行動を呼び起こす意識。社会を解放するための方針は、ゆえに、われらにとって明白なるものである。

 Anarchx-feminismとは、フェムの独立と、男性と同じ地位での自由である。誰も上にも下にもたたない、男性のみならずフェムも含めた皆が調和している社会的団結と社会的生活。これは社会的生活のあらゆる層においても、私的領域においても、実現が図られる。

 Anarchx-feminism はフェム自身らについてはフェム自身らが決定するを意味する。私的なことは個人的に、複数のフェムが関わる場合はほかのフェムらとともに決定し、解決する。本来的にであろうと実際的にであろうと、全ての性が関わる事柄については、フェムと男性は同じ立場より決定を下していく。

 フェムは自身の身体について自己決定論を有していなければならない。避妊や出産にかかわるすべての事柄は、フェム自身によって決定されねばならない。

 個人として、そして集合として、男性支配に立ち向かわねばならない。フェムに対する所有と支配の態度に。抑圧的な法律に。経済、社会的自律、そして独立のために。

 伝統的な家父長制的核家族は、あらゆるジェンダーと人種の人による自由連合にとってかわらねばならない。全ての事柄に関する決定が平等に基づき、個人の自律性とインテグリティが尊重されていなければならない(ポリガミーやモノガミー、あるいはその他あらゆる関係による連合を我々は認める)。

 性と人種に基づくステレオタイピング = 教育、メディア、職場において。これらはすべて廃止されねばならない。

 通常の労働、家庭生活、教育における根本的な仕事の共有分担は、望ましい。

 働き方の構造 = これは根本から変革されねばならない。パートタイム労働と、フラットに組織化された共同組合を増やすべきである。社会のみでなく、家においても。

 労働の性別化や人種化は、打破されねばならない。

 養育と子育てはフェム、クィアやトランスと同じくらい、男性も関係すべきである。

 フェムが権力を持とうと首相になろうと、大半のフェムに対する抑圧は終わらないし打破されない。マルクス主義者やブルジョワ・フェミニストらはフェム解放のための戦いを欺惑させている。多くのフェムにとって、アナキズムなしのフェミニズムなど存在しない。こう言い換えよう、 anarchx-feminismはフェムの権力やフェムの首相など求めない。Anarchx-feminismとは、権力や首相の存在しない団結を意味するのだ。

 フェムに対する二重の抑圧は、二重の闘争と二重の団結を求める、つまり、フェミニストによる同盟と、アナキストによる団体と。Anarchx-feministはこれらの二つの連結点である。

 真剣にアナキストであろうとするのならば、フェミニストでなければならない。そうでなければ、その人が実践するのは単なる白人至上主義的家父長制的半アナキズムであって、真のアナキズムでない。アナキズムの中でフェミニズムの論点を守り続けるのがanarchx-feministの課題である。フェミニズムなくしてアナキズムは存在しえない。

 Anachx-feminismの重要点は、変革を今日始めることである。明日でも、「革命」の後でもない。革命は永続的であり、常に持続されてなければならない。日常の中にある抑圧を見破り、今日始めるのである。繰り返されるこのパターンを、今すぐここから破壊し始めるのである。

 自律的に行動せねばならない。どんな指導者にも、何を望み何をすべきか決定させるべきではない。私的なことは全て自分たちのみで決定し、フェムのみに関することはほかのフェムと、そうでない事柄については場合は男性と、我々自身で考えねばならない。ジェンダー、人種、そして階級が終わるその日まで。