タイトル: 語彙集シリーズ 植民地主義
著者名: Maia Ramnath
発行日: 2012
ソース: https://web.archive.org/web/20130625020107/http://anarchism.sanpal.co.jp/translation/(2023年2月18日検索)
備考: The Institute for Anarchist StudiesAK Pressが共同で、語彙集シリーズを出しています。いくつか翻訳が終了しているので、アップしていこうと思います
まずは、アナキズム。原文は以下ですが、パンフレット仕様のPDFになっているので、ご注意を。
https://web.archive.org/web/20130514045826/http://www.revolutionbythebook.akpress.org/wp-content/uploads/2012/03/lex_colonialism_master.pdf (ONLINEアナキズムより)

植民地主義とは、国境を越えた支配プロセス・そのプロセスが実施する政策・そのプロセスを支持するイデオロギーである、と言うことが出来るだろう。イベリア・英国・フランス(後にはドイツ・ベルギー・イタリア)によるアジア大陸・アフリカ大陸・アメリカ大陸の侵略--武装した貿易か、武装した布教活動か、武装した入植かに関わらず--が15世紀後半から徐々に増加するようになって以来、現代の植民地主義は様々な形を取っている。

その「古典的」歴史形態(おおよそ、18世紀後半から20世紀中盤まで)では、植民地関係は、「母国」当局への釈明責任を負った代理支配者と地元植民地当局の組み合わせを使って、本国の中枢が征服した衛星諸国を遠方から支配する、というものだった。本国にとっては、植民地を掌握することで、資源と戦略的要所の利用機会を確保することになり、他のいわゆる「世界列強」に対する優位性を最大化していた。一方、植民地は、経済的依存の立場へと固定されることになった。本国は奪った領土から略奪した原料(鉱物資源・動植物・プランテーション換金作物)という形で剰余価値を吸い上げ、逆に、製品を植民地に売っていた。従って、征服された地域の住民は、過度に搾取された低賃金労働や強制労働、そして束縛された消費者市場という役割を演じさせられていた。一方、住民自身がそれまで持っていた生計・生産様式は衰退させられた。この経済パターンに必要だったのは、植民地支配者が強力な軍事的存在を維持すること、そして、訓練された原住民の協力者階級がその地元行政と治安維持を実行出来るようにすることだった。

当初の奪取行為は、剰余財産の抽出(別名、開発援助)という観点から、原始的蓄積もしくは略奪による蓄積の時期と呼ばれることもある。後者の言葉がハッキリさせているように、これは、単にずっと昔にあった単一の始原的出来事ではなく、常に拡大し続けるプロセスであり、直接の統治性と補助を受けた企業活動とが共生的に結合したことで合法化されたのだ。

この種の形式的システムは二つの世界大戦で崩壊した。これらの大戦は欧州の帝国主義権力を解散させた。しかし、新たな超大国が、欧州帝国主義権力の後任になるべく、世界的な帝国主義ライバルとして既に出現してきていた。冷戦による二極化へと国際政治が凍りつくにつれ、アジアとアフリカの新興独立国は、苦労して手に入れた独立を二つの陣営外で維持しようとした。クワメ=ンクルマは新植民地主義という語句を社会に広め、この語句で新興独立諸国が当時危険にさらされていた情況を描写した。新植民地主義と名付けることで彼が意味していたのは、「帝国主義の最高段階」(「資本主義の最高段階」としての帝国主義というウラジミール=レーニンの有名な定式化に準拠して)は、政治独立が公式に認められた場合であっても、世界経済権力の不均衡が古典的植民地時代の不均衡を再現していたり、それを上回ってさえいたりする場合には、実質的に「自由」は無意味になる、というものだった。

ンクルマはガーナで初めて民主的に選挙で選ばれた指導者であり、汎アフリカ主義運動と非同盟運動の中心人物の一人だった。非同盟運動には、インド・エジプト・インドネシア・ユーゴスラビアだけでなく、アフリカとアジアの脱植民地化した諸国も参加していた。ラテンアメリカ--当時、既に、まさに同様の関係を米国と持ち、それに対してほぼ150年にわたり闘争していた--が参加することで、現在「グローバルサウス」と呼んでいる諸国は、実質的な再植民地化--局地的闘争で代理人が、望ましい利益に、つまり経済支配に、へつらう独裁者を任命すべく極秘軍事作戦を実行する--に対して「三大陸」同盟を形成したのである。

さらにまた近年でも、1980年代と1990年代以来、グローバリゼーションと呼ばれてきたことが、ほぼ同じように、しかし劇的に強力な形で出現している。ソ連が片付くと、ワシントン合意によって新自由主義の諸原則が明確にされ、これまでと同じ地域にその諸原則が行使されることとなった。今や、これらを実行するのは、主として国際通貨基金・世界銀行・G20・世界経済フォーラムといった機構である。国際通貨基金の貸付金を受ける条件は、構造調整プログラムの順守である。このプログラムは、非援助国の社会的プログラム全てを削除し、民営化し、規制緩和し、それまでは医療・教育・住宅供給・交通機関といった公共財のために用意されていた財政資源全てを負債の返済に当てるよう要求していた--つまり、多国籍資本主義エリートへ、つまり、莫大な数の破産者という土台によって支えられているピラミッドの先端にいるごく少数へ、富を再分配するのである。

このように、脱植民地化した諸国もしくは「発展途上」諸国は、永続的な負債に閉じこめられ、企業とその出資者の要求のために集団的福祉を犠牲にしてきた--過去10年間、米国によるアフガニスタンとイラクの占領から最も利益を得ていたのが全く同じ企業群だったのは偶然ではない。北米と欧州で目の当たりにしていること--広範囲に及ぶ住宅と生計手段の喪失--は、新自由主義の結果であり、「グローバルサウス」でまさしく数十年にわたり起こっていることだった。(これと同様のことがあったのは、1930年代にファシズムが欧州を襲った際だった。当時多くの人々は、これと同様の集団殺戮論理と残酷な方法が植民地で日課のように行われていたことを分かっていた。新しいことと言えば、こうした人間性を剥奪する技術とイデオロギーが本国に適用されたことだったのだ。)

従って、北米の人々が現在経験していることは、最近の植民地化の出現と形式上共鳴している。ただ、そこには重大な違いがある:それが生じている場所だけでなく、文字通りにも比喩的にも、歴史である。

資本主義の継続的拡大は、常に植民地主義に--つまり、コストを外部化することと今までよりも遠くにある資材を手に入れようとすることに--依存してきた。これは、利潤を生み出すことに関心のある国家は、それを行うために自国の管轄領土外に権力を投影しなければならない、ということを意味する。これこそが帝国主義なのだ。これは、経済的手段や軍事的手段、軍事力を背景にしたハードパワーや心情や共感に訴えるソフトパワー、それらの組み合わせなどを通じて行われ得る。

さらに、植民地事業と帝国主義計画とには、それを正当化する基盤として、何らかの人種差別主義が必要となる。全ての植民地制度の安定は、究極的には、多大な労力をかけて厳密な方針を維持することに依存する。これは実存的だと仮定されているが、実際にはイデオロギー的であり、一方の側は、救いがたいほど異質で、原始的で、劣等で、悪質で、恐ろしく、人間らしくないものとして描かれねばならない。これこそが、そこに参加しなければならなかった民衆に対してであれ、別な権力に対してであれ、奴隷や大量殺戮の正当性を創り出す唯一の方法だった。中にはキリスト教伝道師・オリエンタリズム・人種差別主義の疑似科学・自由主義の文明化使節団--別名、白人の重荷--の努力を含む場合もあった。グローバルサウスの反植民地抵抗運動がグローバルノースの反人種差別結集と相互連結していることが非常に多い理由がこれである。どちらも、同じ現象・同じ論理・同じ歴史的プロセスの現れであり、関連していたのだ。

こうしたプロセスの内の二つ--植民地化技術に関わる二つ--は、現代の市民的不服従レパートリーに、そしてその空間との関係に、密接な関係がある。まず第一が軍事的占領である。ここで、帝国主義権力は、暴力を使って服従させるべく、軍をある場所に動かす。第二は、移民植民地主義として知られる植民地事業の一部である。この中で、帝国主義権力は、単に基地や居留地を防衛するのではなく、自国の人々をある地域に永久に移住させることで、民族浄化や大量人口移動に等しいことを行う。こうした文脈で占領とは空間の非合法的要求を意味する。侵略・征服・先住民に対する制裁的自警主義を意味するのだ。もちろん、これは米国建国に関わる下劣な公然の秘密である。米国に占領されていない土地などありはしない。

これが、北米インディアン運動がアルカトラズ島や内務省インディアン局本部などの場所で1970年代以来行ってきたこと・2008年9月にカリフォルニアとニューヨークの様々な大学で学生が行ったこと・2001年にアルゼンチンの労働者が工場で行ったこと(ほんの少しの実例を挙げれば)のように、占領を戦術として使っている抗議運動が、政府・軍・企業体が主張する空間の中に持続的存在を確立するときに行おうとしていることを示す場合に、脱植民地化がもっと適切な言葉だと実際に思われる理由である。確かに、最初の例は教科書的意味で明確な植民地化と征服に直接反対している。しかし、こうした行動全ては、本質的に、剥奪プロセスを逆転させる方向へ動いている。不平等関係と自分達を保護している合法的・政治的構造とを廃止する方向へ。ピラミッドの下から上へと吸い上げられる搾取を停止させる方向へ。共有地を回復する方向へ。少数のエリートの利益のために集団的社会的福祉の優先を犠牲にすることを拒絶する方向へ。外部として見なされる住民とエリートとの人種差別化された分断を具体化して描写すると、これらの抗議は植民地化プロセスが持つ全ての側面なのである。

このプロセスに対して闘争することには、現在の経済的・政治的・地理的位置を歴史的文脈に置くことも含まれていなければならない。これが、何よりも、移民の権利と先住民族の権利--どちらもグローバル経済の要求と国境への軍の配備によって強制的に追放されている--との繋がりを理解できるようにしてくれる。そして、植民地支配を正当化してきた永続的な人種差別主義や性差別主義といった抑圧に関わる様々な傾向を認識し、解体し、置き換えることが出来るようにしてくれるのだ。