タイトル: パンデミックの後は、眠りに戻れない
著者名: David Graeber
発行日: 2021
ソース: https://note.com/bakuto_morikawa/n/n6a2e80dbb1e9(2023年6月7日検索)

死の少し前に書かれたエッセイの中で、デヴィッド゠グレーバーは、パンデミック以後を論じた。私達は、現代社会が組織されるやり方--大多数を卑しめ、堕落させながら、一握りの金持ちの気まぐれに奉仕させる--を賢明だとか道理に適っているとか見なす現実にひっそりと戻ることなどできない。

(画像は、2015年3月にアムステルダムのマーグデンハイスで講演するデヴィッド゠グレーバー、Guido van Nispen / Wikimedia Commons)

2020年9月に59歳の若さで悲劇の死を遂げる前、アナキスト・人類学者・オルガナイザーのデヴィッド゠グレーバーは、新型コロナウイルスによるパンデミック以後に生活と政治がどのようなものになり得るかについてエッセイを書いた。「ジャコバン」はこのエッセイを初めて発表できることを光栄に思う。


今後数カ月以内にどこかの時点で、この危機は終わったと宣言されるだろう。そして、私達は「必要ない(ノンエッセンシャル)」仕事に戻れるようになる。多くの人にとって、夢からの目覚めとなるだろう。

メディアと政治家階級は、間違いなく、危機の終わりをこう考えるよう促してくる。2008年の金融崩壊後もそうだった。ただ、疑問の声が上がる瞬間もあった。(そもそも「金融」とは何だ?他人の負債じゃないのか?貨幣って何だ?これもただの負債なのか?負債って何だ?単なる約束じゃないのか?貨幣と負債が、互いに交わす約束の集合だとすれば、違う約束だって簡単にできるのでは?)黙れ・考えるな・仕事に戻れ、少なくとも仕事を探し始めろ。このように言い張る人々によって、ほとんど瞬時に窓は閉ざされてしまった。

前回は私達の大多数が騙された。今回はそうならないようにすることが重要だ。

というのも、私達が経験したばかりの危機こそ、実際には、夢からの覚醒だからだ。人間は互いをケアし合う儚い存在であり、こうしたケアワークが私達を存続させる。しかし、最大の功労者であるケアワーク従事者は重税を課され、不当に低賃金で、日常的に自尊心を傷つけられている。ほとんどの人がやっていることと言えば、思い付きを話し、家賃を搾り取り、製造・修理・移動・運搬を行っている人や他の生き物の世話をしている人の邪魔だけである。私達が経験した危機は、こうした人生のアクチュアルな現実との対決だった。夢の中では無意味なことがよくあるが、訳も分からず諒解するといった現実にひっそり戻ってはならない。

これならばどうだろう:明らかに他者のためになる仕事であればあるほど賃金が減るというのを全く当たり前だと見なすのを止めよう。地球上の生命の大部分を失わせる原動力が金融市場なのに、金融市場こそ長期的投資を方向づける最良の方法だと言い張るのを止めよう。

逆に、現在の緊急事態が終わったと宣言されたら、私達が何を学んだのか実際に思い起こしてはどうだろう。「経済」とは、生きる(あらゆる意味で)ために必要なものを互いに与え合うやり方を意味する。「市場」と呼んでいるものは金持ち--大多数が少なくとも軽度の病的状態にある--の集合的願望を一覧にする方法に過ぎない。金持ちの中で最も権力を持つ者は逃亡計画を立てている。金持ちの手先を私達が信じ、私達は皆集団的に基本的常識が欠けていて迫り来る大災害に対処できないという説教を鵜呑みにしているのなら、金持ちの計画した地下壕を既に完成させていることになる。

今回は無視するようお願いしたい。

私たちが今行っている仕事のほとんどは、夢の中の仕事だ。仕事自体が目的だから・金持ちを良い気分にさせるために・貧乏人を自己嫌悪に陥らせるために存在しているに過ぎない。ただ立ち止まるだけで、もっと合理的な約束をできるだろう。例えば、人々のケアをしている人を私達が本当に大切にできる「経済」を創造するといった約束を。