タイトル: メンタルヘルスにコミュニティ゠アプローチを行う時が来た
著者名: Megan McGee
発行日: 2021年10月13日
ソース: https://note.com/bakuto_morikawa/n/n1fe06ea34ea1(2023年10月28日検索)

米国の廃絶論者とメンタルヘルス゠アドヴォケイトは、メンタルヘルス危機への対応方法を再考し、警察と精神医療に置き換わるべく活動している。

ミネアポリス警察の警官デレク゠ショーヴィンがジョージ゠フロイドを殺害し、2020年に叛乱が起こった。この叛乱をきっかけに、平均的米国人が警察と刑務所を廃絶する運動に気づくようになった。警察の暴力に関する最近の議論の中で、評論家と政治家は、解決策の一つとして警察の予算を削減し、精神保健制度へ投資するよう示唆している。しかし、精神保健制度の実体験を持つ人の多くは、この解決策はそれほど簡単ではないと論じる。「精神保健ケアが非常に暴力的で、非常に有害だという事実を直視できていません。選択肢を創り始めねばなりません」とカリフォルニア州オークランドのカウンセラーでメンタルヘルス゠アドヴォケイトのウィル゠ホールは述べている。「最も極端な例の一つが、メンタルヘルス危機への警察の対応です。」

米国で警察が関わる死亡事故について信頼できるデータは非常に少ないものの、現在手に入るデータでは、警察権力に殺された人の内、4人に1人 に重度の精神疾患があったという。そのため、多くの人が精神保健制度への再投資が警察の暴力を減らすための論理的第一段階のように思ってしまうのだ。

心配になった家族や友人が警察に電話をし、警官がメンタルヘルス危機の状態にある人をチェックするよう派遣され、いわゆる健康チェックを行っている際に、警官がその人を殺してしまう。こうした報告は憂慮すべき数に上り、そうした電話に対応して機動的危機対応ユニットを派遣するプログラムに全国的な注目が向けられている。プログラムの中には、警察と協働するものもある。警官と一緒に民間人が派遣されて対応したり、地元警察に掛かってくる電話に対応したりするのである。一方で、警察に替わって支援専用電話番号を持つ完全に地域型のプログラムもある。その多くが、精神疾患や薬物使用を体験したことのある人--一般にピアとして知られている--を雇っている。

メディアは機動的危機対応チームが一定の事例で確実に警察の替わりになると称賛しているが、強制入院権限を持つ精神保健専門家を雇うプログラムでは充分な効果は得られないと考えている人も多い。精神医療サバイバー運動--別名「マッド゠ムーヴメント」--の活動家は次のように主張する。精神医療は、黒色と褐色の人を過度に害するもう一つの牢獄制度に過ぎず、警察と刑務所制度と共に廃絶し、地域型の取組で置き換えるべきだ。

この社会運動は、精神医療の虐待--大部分の人がほんの少ししか気づいていない虐待--と長年闘ってきたが、近年、警察の暴力を終わらせる運動と交差するようになってから知名度が上がった。これら二つの運動が最も交差する関心事項は、メンタルヘルス危機へ別種の対応が必要だという点である。いくつかの地域は既にこの必要を満たすべく取り組んでいる。

オレゴン州ユージーンのCAHOOTSプログラムは、警察に代わってメンタルヘルス危機の要請に対応する危機対応プログラムとして最も成功している取組の一つであり、協働している警察とコミュニティとの微妙なバランスを維持しようとしている。一方、カリフォルニア州北部の「メンタルヘルス゠ファースト」のような草の根プログラムは異なるモデルを提供し、警察権力や精神保健制度とは独立して活動している。選挙で選ばれた議員達はこうしたプログラムを警察の予算削減を求める有権者の声に応える一つの方法だと飛びついているが、精神医療サバイバーはホリスティック゠アプローチを求めている。つまり、危機を経験している人の自己決定を尊重するだけでなく、集団的メンタルヘルス危機の根本原因をも扱おうとしているのである。

別種の対応

「私は精神保健制度廃絶論者です」とホールは言う。彼は、カウンセリングの仕事に加え、精神保健制度で身体的・性的虐待を経験した人のアドヴォカシー活動も行っている。また、1960年代以来精神科患者の権利と精神医療への代替手段を求めて闘ってきた「精神医療サバイバー運動」の一環としてキャンペーンも組織している。今、彼は次のように語る。「ブラック゠ライヴズ゠マター運動が主導してくれたおかげで、変革を起こす素晴らしい機会を手にしていると感じています。」

ホールは現在、オランダのマーストリヒト大学で精神病理疫学の博士号に取り組み、抗精神病薬の離脱症状に関する研究に焦点を当てている。彼は、抗精神病薬の服用を止めることのできた約4000人にアンケート調査を行い、そのデータを統計的に分析している。ただ、ホールは、自分が仕事で接している人達を支援するために最もふさわしい経験は、精神医療患者としての経験だと考えている。彼は、プロザックを服用して数年間、プロザックに対する躁反応(彼の言葉では)が続いていた。28歳の時に、サンフランシスコにあるウォークイン(訳註:予約なしで受診できる)クリニックに助けを求めに行ったところ、自分自身を傷つけてしまうかもしれないと言われ、公立の精神科病棟に強制入院させられた。1年ほどの入院中、2カ月半は施錠された部屋に入れられ、本当に同意していないのに精神治療薬を飲むよう迫られ、拘束されて隔離室に入れられた。

彼によれば、退院後、自分で調査し始めるまで、身に起こった全てのことは正しかったし、自分のためになると信じていた。彼は精神医療サバイバー運動を見つけ、精神保健制度の人権侵害に抗議する長い歴史を学んだ。今日、カウンセラーとして、彼はトラウマを処理する オープン゠ダイアローグ のような代替アプローチを提供し、何が自分に有効なのかクライアントに自分で判断してもらい、自分の自律性を取り戻す手助けをしている。彼は、ピアサポートを強く支持している。ピアサポートは、基本的に、メンタルヘルス上の諸問題・トラウマ・精神医療制度を実際に経験した人達が、それぞれの経験を共有して、相互に支援し合う。

「精神医療制度が提供しているものとは違うものを探している人は、大きなニーズを持っています」とホールは言う。「多くの人が暴力を受けている。ひどい中毒性の副作用に直面しているのに、薬以外に手段はないと言われる。トラウマに気付かず、本当に深く耳を傾けようとしない人が多いのです。大抵の場合、クライアントが私のところに来るのは、その人が自分のニーズについて別な理解をしているからで、別な形の対応を求めているからなのです。」

彼の組織「警官ではなく共感を(Compassion Not Cops)」を通じて、ホールは、メンタルヘルス危機を経験している人達、例えば、希死念慮を経験している人を調べるために警察を派遣するという実践を止めさせるキャンペーンを行っている。「私はよく、希死念慮を誰かに話すときには、とても慎重になった方が良いとアドバイスします。文字通り、誰かが家にやって来るかもしれないからです。」

ジョージ゠フロイド叛乱によって、健康チェックを行おうとやってきた警官 に撃ち殺された 多くの事例、そしてこうした事例で殺された人の 大部分が 黒人だという事実など、事件発生時にはメディアがあまり取り上げなかった多くの事例に光が当たるようになっている。警官は、大抵、あたかも自分が危険人物をチェックするかのようにしてその情況に近づき、当該人物を怖がらせ、情況をエスカレートさせてしまう。多くの場合、特に警察に虐待された過去を持つコミュニティ出身の人にとって、銃と手錠を持って自宅に警官が現れるというだけで、その時点まで既に感じ続けていた感情的苦痛がエスカレートしかねず、多くの場合、警官は暴力で対応してしまうのである。

ホールがケアしている家族の多くが警官を酷く怖がっている。「私は、文字通り、警官に殺されないよう子どもを守る方法を家族に指導します。」彼は、ケアをしている家族に対し、警官をエスカレートさせないよう指導している。警官が家の中に入る前に家の外で警官と会い、息子や娘は暴力的ではなく、武器も持っていないと家族が伝えられるようにするのである。また、息子や娘に警官がくることを伝えて心構えをさせること・警官に誰かがいると分かるようその場に目撃者を置いておくこと・携帯電話を出しておいて「怖いことがあったら」動画を撮ることも家族にアドバイスしている。

「メンタルヘルス危機への対応方法が持つ最も破滅的な影響の一つは、その人が希死念慮を話さないようになり、病院に閉じ込められないよう姿を隠してしまうというものです。そうなると、その人に手を差し伸べるのが難しくなります」とホールは語る。

正しい方向への第一歩

多くの家族がこうした情況で警察に電話をせざるを得ないのは、地域に他の社会資源がないからである。しかし、米国の幾つかのコミュニティでは、警察による対応の代案を確立し、成功している。「メンタルヘルス危機にいる人達への対応は、本当に特殊なスキルです」と CAHOOTS(Crisis Assistance Helping Out On The Streets) のプログラム゠コーディネーター、エボニー゠モーガンは述べている。CAHOOTSはオレゴン州ユージーンとスプリングフィールドで機動的危機介入を行う公衆安全制度である。このプログラムは、1989年に「ホワイトバード゠クリニック」が立ち上げ、警察の暴力と人種差別に対する世界的抗議行動の引き金となった2020年5月のジョージ゠フロイド殺人事件以来、大きな注目を集めている。多くのコミュニティが、それぞれの地域で同様のプログラムを始めようとして、このモデルについてCAHOOTSに連絡を取っている。

過去32年間、ユージーンの911(訳註:日本でいう110番と119番)と警察の非緊急電話を受ける通信指令係は、コミュニティの人がメンタルヘルスの問題に悩んでいたり、薬物使用に関わる支援を必要としていたりする場合などの非暴力的・非犯罪的な性質の電話をCAHOOTSに転送している。例えば、自分や家族に希死念慮があるという通報があれば、危機対応ワーカーと医者で構成される二人一組のチームがその人と会い、自分の苦悩について語ってもらい、クライアント自身が必要だと判断したことに基づいて、その人が安全でいられるよう計画を立てる手助けをする。時には、行動論的な医療サービスに結びつけることもあるが、それは常に任意である。

「私達に自殺したいと話したからといって、その人を病院に連れて行くわけではありません。病院はその人にとって治療的介入ではないかもしれないからです」とモーガンは言う。2019年にこのプログラムが対応した2万4千件の電話の内、危機対応ワーカーが警察の支援を 求めた のは、311回だけだった。モーガンによれば、警察の支援を求めるのは、通常、クライアントの身に危険があるという意味である。彼女は一度、コード3警察対応(警察がパトライトを点け、サイレンを鳴らして現地に向かうこと)を要請したことがある。クライアントが積極的に自傷行為をしようとしたからだ。自分達が地域から信頼を得ているのは、実際に自分達のサービスが同意に基づいているからだとモーガンは言う。だから、彼女は無断で警察を呼んだことは一度もない。何故警察を呼ばねばならないかクライアントに伝えているのである。「その日を安全に過ごすために必要ならば、これは確かに私達が望んでいる方法ではありませんが、結局のところ、私達の責任は誰も傷つかないようにすることなのです。」

モーガンによれば、クライアントが自分達に当り散らしたためにこうした要請をするのは「本当に、本当に、本当に、稀」だ。「メンタルヘルス危機にあるからといって、他者を傷つけたいと思っているわけではありません。私達は常にこのことを念頭に置くようにしていますし、電話をもらって出掛けたためにCAHOOTSチームが重傷を負ったり死んだりしたことは一度もありません。」

現在米国の様々な場所で行われている機動的危機介入プログラムのほとんどが、精神病院への強制入院措置権限を持つ精神保健の臨床医を雇っている。同時に、多くのピア゠カウンセラーも雇用している。ホールのようなメンタルヘルス゠アドヴォケイトは、警察を精神保健専門家と置き換えることは暴力の機会を減らす解決策のように思えるかもしれないが、究極的に、危機にいる人を助ける見込みは薄い、と示唆する。「情況が酷くなった時に警察以外の人を送り込むようになったのは一定の改善ですね」とホールは述べる。しかし、彼は続けて、臨床医は自分のツールの中に入院と薬しか持ち合わせていないものだと言う。ピアが提供できる最も重要なことは、繋がりと傾聴だとホールは考えている。これが、その人の緊張をほぐし、その人の生活をどのように組み立てるか考え始める手助けをできるようにするという。「本人の気持ちに寄り添える人を送り込めれば、傾聴する環境を創り出し、安全を確保できるのです。」

「私達が人を雇う時には、ある程度までこのことを理解してくれる人を優先しています」とモーガンは述べる。多くのCAHOOTSメンバーには実体験があるものの、この仕事に応募するためにはメンタルヘルス危機にある人との仕事経験がなければならない。「私達のチームには、現在回復期にある人やメンタルヘルスの診断をされている人など、実体験を持つ人たちが多くいます。そのことで、私達は共感できるようになり、いくつかの場合には内情を分かるようになっています。私達は自分の経験をそれほど話しません。それはクライアントが必要としていないからです。彼等には自分が繋がりを持てると思える人が必要なのです。」彼等が求める最も重要な適性の一つは、情況を緩和する手腕だ。彼等は、ウォークイン危機対応センター等の施設で働くよう求職者に求めている。「求職者はそこでメンタルヘルスについて、また、思いやりを持った治療的やり方で対応する方法への理解を深めるようになります。」

制度の範囲内で活動する

モーガンがCAHOOTSに危機対応ワーカーとして参加したのは、看護師になろうと勉強していた2020年1月だ。看護学校を卒業してもこの仕事を続けることにした理由の一つは、自分の父親が警察と遭遇して殺されたからだ。「この仕事に大きな価値があると思っています」と彼女は言う。彼女の希望は、CAHOOOTSが安定したプログラムとなるよう地元から必要な支援を受け、警察や消防・救急医療サービスと共に、地域の安全を守る第三の支柱になることである。「メンタルヘルスが優先事項だと見なされて、ファーストレスポンダーの世界でも他と同じぐらい重要視されるようになるのが私の理想ですね。」

CAHOOTSは、このサービスを最も必要としているコミュニティのアドバイスに応じて、そのモデルを再評価し改善する過程にある。モーガンは、このモデルが開発された32年前には、このプログラムはBIPOC(訳註:黒人・原住民・有色の人々)コミュニティに援助の手を差し伸べられていなかったと認めている。これを正すために彼等は、バイリンガル゠サービスを拡大する役割を創り、スタッフにスペイン語を訓練し、バイリンガルの人をさらに多く採用し、現場でもっと積極的に接してもらえる方法を見つけようとしている。彼等は運営評議会を新設し、年4回の会合を開催している。そこで、地域メンバーとパートナーからなる委員団が、自分達が代表するコミュニティからのフィードバックを直接彼等に伝えるのである。

コミュニティのメンバーは現在の連絡方法とは別な形でCAHOOTSと連絡を取りたがっている。これがフィードバックの中で最も多い。有色の人・住居のない人といった過去に警察と緊張関係にあったコミュニティにいる多くが、CAHOOTSに連絡するために警察に電話しなければならないことを不安に思っている。そのため、市は現在、警察署に接続しない、このプログラム専用の電話回線を検討している。

「CAHOOTSは完璧なモデルではありません」とモーガンは言う。「私達はコミュニティをかなり助けていると思いますが、全てが正しかったとは感じていません。私達を、そうですね、ベストプラクティスと比べても仕方ないでしょう。できる限りのことを行って、行いながら調整しているのです。私が見たいと思っているのは、コミュニティのニーズに応じて多くの地域に多くのプログラムがあって、何らかの形で協力し合って、今後の最善の道は何か考え出すことですね。」

現在、非常に多くのコミュニティが同様のプログラムを始めようとCAHOOTSに連絡を取っているため、「ホワイトバード゠クリニック」はコンサルティング゠グループを始めた。CAHOOTSの知識を持つ人々がこうしたコミュニティと共に活動するのである。モーガンは、自分達のモデルを基本にしてプログラムを始めようとしている人は増え続けていると述べる。「見ていて本当に刺激になります。」

CAHOOTSモデルに基づいて最近現れた試験的プログラムが、Mobile Assistance Community Responders of Oakland(MACRO)だ。カリフォルニア州オークランド市議会が、このプロジェクトを開始する法律をこの3月に可決させた。これは「警察の説明責任を求める連合」による約2年間のアドヴォカシー活動の結果である。「連合」は地域の様々なグループで結成され、2016年にオークランド市憲章の修正を投票にかけて、オークランド警察署に対する独立監視機関「オークランド警察委員会」を創造した。それまで18年間、オークランド警察署は、その蛮行と公民権違反のために 連邦政府の監視下に あったのだ。

MACROのアイディアは、住宅のない人々のコミュニティの取り締まりについて「委員会」が2019年2月に開催した公聴会から生まれた。公聴会で約75人の住宅のない人々が証言し、多くが、警察とのやり取りは自分達にとって問題があり、危機に陥ったときには警察以外の人に電話したい主張した。「連合」はCAHOOTSプログラムを学び、CAHOOTSメンバーがユージーンからやってきてコミュニティにプレゼンテーションを行い、オークランド消防署・警察派遣隊・市長・市議会議員と会合を持った。このプロジェクトは、市民から 強力な支持を得た。「オークランドのあらゆる階層がMACROに興奮しています」と「連合」メンバーのアン゠ジャンクスは述べている。

「連合」は、このプログラムのモデル開発に「都市戦略評議会」と協働しつつ、アフリカ系移民・ラテン系グループ・障がい者コミュニティといった警察に最も影響を受けているコミュニティの人達と何度も話し合いをした。ジャンクスは回想する。住居のない人々から情報を得るためにそのコミュニティに出掛け、メンタルヘルスに課題を抱える子ども達の家族支援グループに参加し、警察とのトラブルについて話を聞いた。このプログラムを成功させるために市議会に予算を付けさせる闘い(彼女の言葉では)の後、市議会は6月、リビー゠シャーフ市長が当初計画していた260万ドルの予算ではなく、620万ドルをMACROの 予算として承認した のである。

「私達にとって、これは不必要な警察とのやり取りを途絶させることなのです。こうしたやり取りは他の事態に発展する場合があります。」とジャンクスは言う。彼女の説明では、この点における「連合」の主たる関心は、危険度の低い電話から警察を排除して暴力を防止することである。「警官に人間性があったとしても、警官には、現在求められているような、数多くの緊急電話を上手く管理する時間もツールもありません。」

CAHOOTSは難問に直面している。現在、コミュニティにいる多くの人が制度変革を求め、自分達は現行制度の範囲内で活動しているからだ。警察廃絶運動に関して、昨年、彼等はバランスを取りながら活動した、とモーガンは言う。警察廃絶を求めて電話をしてくるコミュニティのメンバーと、コミュニティ゠パートナーであり契約を通じて自分達にお金を払っている警察とのバランスである。警察は、地域内のあらゆる問題の受け皿になろうと思ってはいないと彼女は指摘する。「コミュニティのニーズに対し適切な資源で応じられるようにしなければならない、これが私達の信条です」と彼女は言う。「私達は、ハームリダクションと必要最小限の介入を本当に信頼しています。だから、この具体的事態に関する訓練を受け、それを扱う能力を持つ人をコミュニティに送り込むのです。」

互いに頼り合う

カリフォルニア州サクラメントでは、Anti-Police Terror Project(APTP)が地域型危機対応プログラムの別なモデル--完全に警察から独立して運営される--を メンタルヘルス゠ファースト(MHファースト)と共に提供している。APTPの創設者でMHファーストのプログラム゠ディレクター、アサンテワア゠ボイキンは、APTPを「あらゆる警察テロの撲滅に尽力する組織と個人から成る多民族で多世代で黒人主導の連合」だと述べている。

APTPを構成するオーガナイザー達がメンタルヘルス危機への警察の対応に対する代案を提供すべく2020年1月にMHファーストを立ち上げたのは、彼等が警察を呼ばずに互いに頼り合う文化を持っているためだった。「自分の愛する人が危機に陥った時、警察は本質的に事態を悪化させます」と彼女は言う。「私達は自分達に頼ります。だから、私達は必要に迫られてこれを創り出したのです。」救急処置室(ER)の看護師として、ボイキンは、ERに来て警官がいると、たとえそれが身体的健康の問題だったとしても、多くの人が嫌な気持ちになると知っている。警察に暴力を振るわれた家族やコミュニティの人達に対応する中で、オーガナイザー達は、薬物乱用に対するサービスにせよ、メンタルヘルス危機への対応にせよ、何らかのケアが必要な時に警察に殺された人の数に気付くようになった。代案が必要だと分かると、彼等は、このギャップを埋めるために何を提唱できるのか、自分達でこのギャップを埋められるのか話し合うようになった。

週末の午後7時から午前7時まで、数十人いるこのプログラムのボランティアは、独自の直通電話に応対し、危機を経験している人に対応すべくコミュニティに出掛ける。メンタルヘルスの問題もあれば、薬物使用や家族の暴力もある。電話は、希死念慮を示している人の家族からだったり、路上で寝ている人について心配したコミュニティの人だったりする。目標は、警察であればエスカレートさせかねない情況を緩和させることである。当事者と話すことでトラウマに詳しいピアサポートを提供し、その人の次のステップを計画できるよう支援する。CAHOOTS同様、他のサービスへ繋げたり、連れて行ったりする場合もあるが、それを決めるのは常に当事者である。ボランティアは、電話に出ていない時には、街路で声掛けをし、住居のない人々に生活物資を運び、その人達と話をして、コミュニティとの繋がりを築いている。

ボイキンによれば、ほとんどの場合、場所を確保し、傾聴し、誰かが危険だという前提を持たなければ情況は緩和する。「メンタルヘルス危機は、今の社会では危険ほぼ同じ意味です」と彼女は言う。「そして、私達は、危険な情況になっていなくても、あたかも何かすぐに危険があるかのようにして、こうした情況に近付いて行こうとします。私達と現実を共有していない人達にとっては特にそうなのですが、実際にとても怖い思いをしている時に、自分が危険であるかのように扱われるとどんな気持ちになるのか、想像するしかありません。」また、これは、当事者の情況を解決できない可能性を受け入れることでもある、と彼女は述べる。「私達の仕事は、この危機を移動させて、その人が次のステップに進む手助けをするだけなのです。」

彼等は、ボランティアが精神保健制度での実務経験を持っていることを要件としていないが、ボイキンは、組織として、特にMHファーストのプログラムにおいて、警察に最も影響を受けている人々にボランティアをしてほしいと強く望んでいると述べている。多くのボランティアが医療や精神保健の専門家だが、彼女は、専門家とピアが上手く混じり合っていると思っている。「始めた頃は、これほど多くの医療従事者が加わるとは思っていませんでした。」

ボイキンによれば、MHファーストは、警官と共に人々を送り出す地域型応急対応プログラムとは二つの点で異なっている。一つは、警察と臨床医とは異なり、5150拘束(72時間の強制的精神科収容を可能にするカリフォルニア州の法律)の権限がない。「多くの人が5150で措置されています。それは他の手立てがないからであって、必要だからではありません。私達が違うのは、私達は誰にも5150をできないという点です。だから、それは私達にとって選択肢ではありません。簡単な解決策などありません。」もう一つの違いは、彼等が使う介入は、人生を肯定するもので、逆ではないと彼女は言う。「私が見てきた多くの人は、無力感を感じて、従来の制度に出会い、結局、無力感を強化されただけでした。私達は、空間を確保し、人々に支援されているのであって管理されているのではないという感覚を与えられる介入をするようベストを尽くしています。」

ボイキンによれば、MHファーストのボランティアは、電話対応をしている時に、いかなる情況でも警察を呼んだことは一度もない。「自問すべきですよね?当たり前です。私達、意識的に法の執行に関わらない人でも、『警察に電話したら、この問題は解決する』という一定の社会通念が尚もある。だったら、この疑問に取り組んできたのか?もちろんです。警察に電話する決断をしたことがある?ない。」

MHファーストのオーガナイザーがこのプログラムを立ち上げた時に予想していなかったが、多くの組織と市職員が、ジョージ゠フロイド抗議行動のすぐ後に連絡してきて同様のプログラムを始めたいので手助けしてほしいと言ってきたのだ。この国中のコミュニティが選挙で選ばれた当局者に警察の予算を減らしてコミュニティ゠プログラムに再投資するよう求めるようになったため、こうした要求に応える明確な手段をCAHOOTSモデルが提供してくれると政治家が考えるようになった、ボイキンはこう考えている。

同様のプログラムを創りたいとAPTPに連絡を取ってきた非政府組織の幾つかは、現在、プログラム構築の真っ最中である。「市職員とのやり取りを通じて構築しようとすると、時間と手間が掛かってしまいます。こうしたことを単独で組み立てる地域型組織の方が早いですね。」とボイキンは言う。「私がここから学んだことは、独自のシステムを創るのは可能だし、もっと真剣にそのことを考えねばならない、ということです。」APTPは現在、オークランドのMHファーストのプログラムを再現し、MACROプログラムについてアラメダ゠カウンティ(MHファーストをモデルとして使っている)やオークランド市と直接話し合いをしている。

警察廃絶運動に関するAPTPの立場は明確だ。「私達は廃絶論者です」とボイキンは言う。「今、廃絶が実際にどのようなものか知っている人はいるでしょうか?そんな人はいません。私達の主要目標は、何かが確立するまで何でも挑戦して、廃絶に近付くけていくことだと思います。」廃絶の道程で全ての問題に対する答えなど持っていないが、「私達は、既にコミュニティの中に答えが存在しており、それを見つけるのが私達の仕事なのだという確固たる信念を持っています」とボイキンは述べている。

危機の根元を扱う

選挙で選ばれた当局者は、警察の暴力に対する解決策としてこうした事例で警官を臨床医に置き換えるという考えを 最近 提案しているが、精神科による虐待を生き延びた人達(サバイバー)は次の主張を述べて こうした提案に反論している:米国の精神保健制度は牢獄国家の一部であり、人々――特に黒色と褐色の米国人――から自由を奪う白人支配型健常者優先主義制度である。もっと良い解決策は、精神保健制度を警察や刑務所と共に廃絶し、ピアサポートのような地域型対応で置き換えることだと彼等は主張している。

「個人的に私は、精神医療の廃絶がなければ、刑務所全体の廃絶で切望されていた多くの取り組みはできないと思います」と マッドネス゠ネットワーク゠ニュース の編集者でマサチューセッツ州中部の「キヴァ゠センター」のCOOヴェスパー゠ムーアは語る。「キヴァ゠センター」はピアが運営する組織で、感情的苦痛・トラウマ・薬物使用の支援を提供している。「取締り(Policing)には様々な権威の形があります。ソーシャルワーカーや精神科医など精神保健サービス提供者もそうです。刑務所廃絶は、肉体的監禁だけでなく、精神的監禁にも関わっているのです。」ここには、入院患者の精神科的監禁・強制的サービス・薬物による拘束・医療とサービス全体でのインフォームドコンセントの欠如も含まれると彼等は説明する。

現代の精神医療サバイバー運動が、現在、ブラック゠ライヴズ゠マター運動と交差しているという事実は、歴史的文脈を見れば理に適っている。この運動は、1960年代と1970年代に、女性解放運動のような他の社会運動から生じた。精神医療は男性が支配する職業で、女性とゲイの権利運動を抑圧していると 批判した。このキャンペーンは成功し、米国精神医学会は、1973年のDSM(訳註:精神障害の診断と統計マニュアル)から同性愛を精神疾患として分類しなくなった。オレゴン州ポートランドの「狂人解放戦線(Insane Liberation Front)」のような初期のグループを始めとして、以前入院患者だった人達が強制的治療や電気ショック療法のような異論の多い実践への反対を、そして、精神医療に変わるピア運営型の代案の推進を 主張していた。障がい者権利運動は、メンタルヘルス診断に基づく差別に対する闘争と最も密接に関係する社会変革運動である。

ムーアは「障がいの社会モデル」は精神医療廃絶論議に重要だと考えている。「これは、あるがままの体や心には何も悪いところはないという意味です。社会と制度があるがままの私達に使いにくいものになっているのです」と彼等は言う。「例えば、声が聞こえると言うと、その経験は障がいだと見なされかねません。多分、これを障がいだと見なさない人もいるでしょう。これも完全に妥当なのです。でも、最初からこの経験を病気だとしてはならないのです。こうした経験が何なのかは自分で決めるのです。」

精神医療サバイバー運動の他の活動家同様、ムーアも地域型アプローチで精神医療機関を置き換えたいと思っている。「精神科を完全に置き換えようとする団体である以上、私達は現行社会が信奉する精神科依存の根元を扱わねばなりません。」国連は1991年に、患者のインフォームドコンセント抜きにメンタルヘルス治療を禁じる 決議を発した。世界保健機関は地域型メンタルヘルス゠サービスに 現在注力している。米国ではこうしたことが語られていない、と彼等は指摘する。地域型サービスの一つがウィル゠ホールが実際に使っている「オープン゠ダイアローグ」だ。これは、フィンランドに起源を持つアプローチで、クライアントのトラウマ経験やストレスの多い経験について、クライアントの社会的ネットワークのメンバーを交えて対話を展開する。また、ケニアの Users and Survivors of Psychiatry のようなピア゠サポートネットワークも地域型サービスの一つである。

また、ムーアの考えでは、メンタルヘルス従事者に対するもっと強い説明責任措置が必要であり、理想的には、この説明責任プロセスに許認可担当グループ(構成員の少なくとも51パーセントは精神保健制度に影響を受けた人々)が参加することになる。「マッドや障がいのある人達が前面に出て、フィードバックを提供するだけでなく、サービス提供者に責任を取らせねばなりません。」

「メンタルヘルスに多くのお金をつぎ込んでも廃絶論者が考えていることは達成されないのではないか。この懸念は妥当だと思います」とCAHOOTSプログラム゠コーディネーターのモーガンは言う。「コミュニティの人が危機に陥る前に、社会そのものとコミュニティの人達を大切にするというプロアクティヴな社会を見てはどうでしょうか?危機に陥った後で対応するのではなく、初期段階にお金をつぎ込んで、人々が家に住めるようにして、可能な限り健康でいられるようにする手助けをすれば、こんな緊急の危機にならないのではないでしょうか?被害は救急隊員がドアの前に来るずっと前に始まっているのです。」

ホールも同意する。現代社会は、トラウマを単に治療するよりも、最初の段階でトラウマの防止に焦点を当てねばならない。「政治的・経済的・社会的現実を変えることなのです」と彼は言う。「健康なコミュニティが精神的健康を生み出します。」こうした環境を創り出す方法は、普遍的ヘルスケア・生活賃金・強い労働組合・家族支援・移住者支援といった基本的ニーズを提供することだと彼は考える。失業率が上がると自殺も増えるという事実は、社会は悪い方向に進んでいるとメンタルヘルス危機に陥った人達が知らしめているのだと彼は主張する。「彼等を弱い人と見なし、薬と診断で治療するのではなく、社会全体の問題を扱わねばならない兆候だと見なせるでしょう。」

メンタルヘルスに対する真に地域型のアプローチがどのようなものになるか論じる上で、ホールは、特定の問題について実体験を持つ人々が相互支援を行う成功例として、アルコール中毒者更生会(AA)を指摘している。また、サバイバーがお互いに支援し合うモデルも確立されていると言う。「レイプされ、人前に出ていくのを恐れている女性が、そのことを本で読んだだけの男性医師と話すと思いますか?その女性は、同じ経験をした女性達と話すでしょう。あなたがLGBTなら、LGBTのコミュニティ会合に行ってそれぞれの経験を突き合わせるでしょう。あなたが黒人だったり先住民族だったりすれば、人種差別や抑圧を経験した人達のところに行こうと思うでしょう。」

彼の考えでは、同じ原則が精神疾患として治療されている多くの経験にも当てはまる。「あなたが恐ろしい声に悩まされ、食事を食べられないほどひどいパラノイアになったり、ベッドから出られないほど鬱状態になったり、自殺したくなって自分の人生に価値がないと思ったりしていても、それに意味を持たせるために、それを経験してきた人達と話せます。ただ、その人達の解決策を真似するために話すのではなりません。自分の解決策を得るために話をするのです。」

APTPのボイキンもメンタルヘルス゠アドヴォケイトの主張に同意している。精神医療制度が人々の権利を強制的に剥奪している以上、廃絶には精神科も含まれねばならない。仕事でメンタルヘルス問題の極端な事例を見てきたため、精神科への強制収容は絶対不要だとは主張しないと彼女は言う。「でも、社会として恥ずべきほどまで明らかに乱用されています--どれほど容易く、どれほど何の考えもなく、世界の中で自由でいる権利を奪い去っているのか。刑務所の独房も、病院も、ほとんど同じです。」環境的に見ても、違いはないと彼女は言う--部屋に二つのベッド。見せかけだけの換気。栄養のない食事。武装した男達。警備体制。施錠されたドア。「メンタルヘルス患者をもっと上手く監禁する方法に投資したがっている人達がいます。こうした金を取り上げて、ケアの制度を創造することに投資するよりも、一方の産業は他の産業より遙かに儲かるからなのです。」

「自分のことを話し、共通の経験を共有し、他の人に耳を傾けて自分にとって何が機能するのか考え出すのは当たり前でしょう。」とホールは言う。「理解し難いのですが、金と利益が全ての社会で、何故、機能していない精神保健制度に金をつぎ込み続けているのでしょうか。」


ミーガン゠マクギーはニューヨークシティを中心に活動するライターで活動家である。彼女は幾つかの相互扶助プロジェクトやコミュニティーガーデニング゠プロジェクトに関わっている。