サイモン・スプリンガー

ケアの地理学

新型コロナウイルスによる空白期間と相互扶助への回帰

2020

      要約

      イントロダクション

      あらゆる生命の核心

      メトロポリスを超えた生活

      結論

      謝辞

      引用文献

要約

相互扶助はあらゆる人間社会の根本である。危機の時代にはこの理解が顕著になる。コロナウイルスの大流行は、相互扶助に関わるケアの地理学を、資本主義と国家双方の失敗と共に浮き彫りにした。この解説は、恐怖と不確実性を乗り越え、特に、新型コロナウイルス大流行と共鳴している一つのテーマ、「ケア」について考察する。

イントロダクション

新型コロナウイルスの大流行が世界中に大きな影響を及ぼし始めるにつれ、地域社会は絶望と疑念のスパイラルに落ち込んでいるように見えた。店舗は閉まり、あらゆる部門が衰退し、人々は一斉に一時解雇され、トイレットペーパーのような必需品が店の棚から消え失せた。しかし、こうした途方もない混乱・多くの場合は人生を変えるほどの混乱にも関わらず、この奇妙で不確実な時を可能性と希望の時と見なす相当の理由がある。人間精神をよく観察し、種としての集団的鼓動に注意深く耳を傾け、共有された過去から学べば、こうした楽観論を見つけるのは難しくない。これを明示しているのがこのパンデミックにも関わらず広がる日常的なケアの行為と思いやりの傾向であり(Lawson, 2007)、これが人間社会の偉大な復権の始まりかもしれないという見通しに火を点けている。ケインズ主義への回帰でも、中世への回帰でも、古典古代への回帰でも、石器時代への回帰ですらもない。こうした短期の歴史的実例よりもさらに古く、永続的で、私達の幸福にとって遥かに不可欠なものの見直し、これが現在展開しているフェーズである。

この惑星の隅々で見られている互恵関係の復活は、変革へのクラリオンコールだ。資本主義が促す利己心では安心できる世界は生まれないという証左でもある。資本主義は常に、私達から人間性をはぎ取り、この惑星にいる他の生命体から私達を疎外し、紛争の触媒として働こうとしている。ロックダウンとソーシャルディスタンスがあっても、人々は最も必要とされる場所で手を貸し、再び繋がっている。私達は、この惑星の全生命が持つ揺るぎない根本基盤、「相互扶助」(Kropotkin, [1902] 2008)の再構築を証言し、そこに積極的に参画しているのである。

あらゆる生命の核心

歴史的に、国家と資本主義は一致協力し、主として私有財産の強制によって相互扶助を破壊した(Springer, 2017)。国家は、結束の固い地域社会の絆の代わりに、こうした親和性を国家主義への忠誠で置き換えようとした。この状態の根幹は、思いやりとケアの倫理ではなく、服従と他者化である(Gelderloos, 2017; Scott, 2017)。以前は、人間社会が必要とするものに応じて互恵関係が実践されてきた。資本主義は、この実践に反し、交換を、希少性に対して想定される価値取引に変え、数世紀にわたって相互扶助を根絶すべく働いた。資本主義と国家は日常生活の支配的媒介者として姿を現し、私達の能力を確実に操作し、重大かつ不安定なやり方で私達の思考を束縛する(Barrera and Ince, 2016)。だが、相互扶助は絶滅していない。相互扶助は日常的に無数の形で続いている。近所の子ども達の見守り・車の相乗り・ペットの世話・足りない調味料の提供・見ず知らずの人への写真撮影・これまで存在した実質的に全ての友人関係が持つコンヴィヴィアリティ(Springer, 2016 )、相互扶助はまさに私達が行っていることなのだ。この弾力性の理由は、端的に言って、相互扶助が実際にこの惑星にいるあらゆる生物--人間も人間以外の生物も--の源泉だという事実のためである。危機の時代に、相互扶助は実用的で、地域社会レベルでの対応を定めるようになる。まさしく、それが生存にとって最重要要素だからである。ピョトール゠クロポトキン([1902] 2008)が認識していたように、相互扶助は自然淘汰によって促され、進化の一要素となっているのだ。

適者生存だけが進化の軌跡を形成するという考えは、いつもダーウィンの仕事を身勝手に曲解する。これが証明しているように、科学的言説は政治と無縁ではない。クロポトキンがこのような読み方を嫌ったのはまさに資本主義を正当化するために利用されたからだ(McKay, 2014)。彼のライフワークは、協力がどれほど重要なのか説明することに捧げられていた。協力は、動物界の繁栄に必須で、多くの先住民族社会と初期の欧州社会で極めて重要で、中世ギルド組織に不可欠で、確実に生存するために欠かせない手段として貧者の間で日常的に実践されている(Kinna, 2016; Morris, 2018)。自然界や人間間にも競争が存在する、クロポトキンがこれを否定したことは一度もない。むしろ、彼は、協力は、生命の永続という点で競争と同じぐらい、実際、競争以上に重要なのだと強調していた。マルチスピーシーズの観点からこれを考えるとハッキリする。食物供給源としての関係しかなかったとしても、他の種に依存しなければ、単一種は、食物連鎖の最上位捕食者であっても、生きられない。生命そのものが複雑に入り組んだ美しい相互扶助関係網なのだ。欠乏の時代に種の個々の成員は資源を巡って競争するかもしれない。だが、他の成員が確実に生き残れるようにする方が自己の利益になる。これが種の存続を保証する唯一の方法だからである(Dugatkin, 1997)。新型コロナウイルスの時期に、私達は、完全な破滅から私達を救っているのが実は互恵関係なのだと分かり、ケアの輪を家族や友人を超えて拡大する能力を自分達が持っていると理解し始めている。こうした活動は人間社会の機能に、そして種としての生存にさえも、不可欠である。相互扶助がなければ人類の長い旅路がここまで来られなかっただろう。

メトロポリスを超えた生活

新型コロナウイルスをこの惑星からのメッセージと捉えることもできる。一つの種に都合よく天秤が傾き過ぎていると警告しているのかもしれない。地球を意のままにしようとして地球からどれだけ奪ってきたかを考えれば、謙虚になって、このような事態を予測できていたかもしれないと認めさえするかもしれない。資本主義は人間の傲慢さに仕えて意図的にこの惑星を破壊するシステムである。権能を一部に与え、残りから剥奪するために希少性を生み出す(Brand and Wissen, 2018)。剥奪と欲望の生産を軸に展開する。不平等の創造であり、世界中のあらゆる紛争の主要原因である。自然界を、親交の源泉としてではなく、採取場・その後の廃棄場として扱う(Dunlap and Jakobsen, 2019)。叛乱を惹起する前に私達が引き起こせる騒乱は限られている。これは、既存政治システム内部での私達の行為主体性についても、生態系内部での自然の行為主体性についても当てはまる。私達は、大規模な自然破壊と動物農業(アニマル゠アグリカルチャー)の徹底的強化によって、ウイルスが人間と接する土台を築いた。そして、40年にわたり新自由主義の緊縮経済を行い、医療制度を熱心に後退させて(Cahil and Konings, 2017)、ウイルスが繁殖できる最悪の事態を作り出した。最も苛立たしいのは何一つ避けられなかったことだ。私達がこの事態を自ら選択したのである。国家と資本主義に権能を与えて、これを歓迎したのだ。国家と資本主義はそれぞれが生まれた瞬間から結束し、私達を騙してお互いにバラバラになるよう、そして自然界とも分離するよう機能してきた。私達は、共生とシナジーではなく、ヒエラルキーと階層秩序を選んだ。一つの賭けだった。今や、資本主義生産の狂気を止めるよりも、ウォール街の祭壇に高齢者を捧げる方が良いという主張が出るほどになっている。

人よりも利益、これこそ本物のパンデミックである。今まで私達の生存を保証してきたものに対する侮辱である。相互扶助は私達のDNAに注入されている(Bowles and Gintis, 2011)。人間社会をまとめる接着剤である。これまで考案されてきた他の経済モデルはどれも、「脳と手の媒介者は、心でなくてはならない」(Lang, 1927)ということを理解できていない。この概念を最も強く証言しているのが、母が子に示す愛情と無私無欲に行う日課である。私たちが種として存続するために最も重要なのは、人と人との強固な感情的繋がりである(Kujala and Danielsbacka, 2018)。私達は、溢れ出る寛容さを目の当たりにしているが、これは人類が自分の知る最良の方法で反応しているに過ぎない。有史以前の時代の先祖返りであり、政治意識に相互扶助が大きく復活していることを示している。人間は決定的に社会的動物である(Ostrom and Walker, 2005)。これが、このウイルスにこれほど苦しめられている理由の一つである。ウイルスは私達を引き離す。しかし、隔離は収まり、やがて孤立は終わる。ウイルスの嵐が最終的に過ぎ去ると、過ぎ去った世界を戸惑いながら振り返るだろう。何故気付かなかったのだろう。新自由主義の悪夢の下で何十年も医療を骨抜きにしてきたために、私達の感染リスクが高まったのに。何故分からなかったのだろう。私達の指導者は、真の計画を持たずに画面で話をするだけの無能なバカに過ぎなかったのに。何故見過ごしてしまったのだろう。環境の略奪を数世紀にわたって行っていたのだから、後々最も深刻な形で痛い目を見るだろうに。

結論

古い殻の中で私達は再発見している。一つの種として私達が積み上げられるスキル・創造力・強さ・イノベーション全てを左右するのは、国家でも・資本主義でも・いかなる権威の命令でもなく、私達の集団性である。人間を人間たらしめているのは共生に関わるケアの地理学であり、人間の旅路を現時点までもたらしたのは互恵関係である(White and Williams, 2017)。新型コロナウイルスの空白期間は、私達が常に共にいた世界を取り戻すための過渡期を示す時期として後に思い出されるだろう。そして、私達がお互いに根本的に結びつく可能性を復活させていること、これがこのウイルスに対する一筋の希望なのだ。私達が再び結び付くために必要だったことは、私達を引き離し続けると脅すものだけだったようだ。

謝辞

ルーベン゠ローズ-レッドウッド氏とリチャード゠J゠ホワイト氏から頂いた有益な意見に感謝する。

引用文献

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Bowles S, Gintis H (2011) A Cooperative Species: Human Reciprocity and its Evolution. Princeton: Princeton University Press.

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https://note.com/bakuto_morikawa/n/n7da6746c9cd0(2023年4月21日検索)