めちゃくちゃな世の中ですね。私は韓国語圏(私は地域を国の名前で呼びたくないのでこのように表記する)の社会情勢について詳しくはないが、おそらくそっちもめちゃくちゃになっているだろう、ということくらいはわかる。
われわれははっきり言って疲弊している。疲れ切っていて、今にも布団に倒れ込んで全てを忘れるように眠りたいと思っている。そういう状態にある人間を、社会は急かし続ける。お前はまだやれるんだろう、本気を出していないんだろう、全力じゃないなら意味がない、ほら、立て、立つんだよ。そう言ってぼろぼろの身体の胸ぐらを無理やり掴んで縦にさせてくるのが、今の高度資本主義社会だ。
ここにあらゆる差別が乗っかってくる。「男」「女」のどちらかに属することができるのが「普通」、生まれたときに割り当てられた性別をそのまま生きていくのが「普通」、「異性」と呼ばれる存在と恋愛して結婚して子どもを産むのが「普通」。家父長制が強制してくる「普通」を遂行できないのならすぐに落伍者扱いされてしまう。
この状況に異議申し立てをしようとしたとする。でも、そこでもまた障壁が立ちはだかるんだ。だってわれわれは疲れ切っているんだから。こんなに擦り切れて、一体何ができるだろう? 気力を失い、メンタルヘルスの問題と戦いながら、さらにそれ以上の運動を果たそうとする。そこまではいい。だが、運動の場にも仕切り屋がいて、お前らは何もしない、と文句をつける。現場に来ないやつはダメだと。その気力体力を奪われていることこそが問題なのに?
私が破壊したいと願うのは、そういう社会全てである。「普通」に「動け」、と強制してくる全てのことだ。国家と呼ばれる、人間を「生産性」の道具としか見做していないクソみたいな仕組みそのもののことだ。私は国家を葬りたい。国家のない世界を、新しく生きてみたいのだ。
原著のタイトル『布団の中から蜂起せよ』は、布団の中から動けない人のために考案された。苦しみながら湿気った布団の中でのたうち回り、何もできない自分を顧みては力なく拳を握る。今死んでみようかな、とふと思いながら、SNSを無意味に眺め続けている。そういう人とこそ、私は連帯したいと思ったのだ。共に布団の中から異形の存在として社会に鎮座し、うめき声から全てを始める。悔しい泥沼の中にいるあなたと、私は手を繋いでみたいと思ったのだ。
確かに海ひとつ隔てているのは、近くない。言葉の壁だってある。朝鮮半島に対する戦争責任も、決して無視するわけにはいかないだろう。われわれは、遠い。それでもあなたが今この文章を読んでくれているということは、われらが新しい連帯、同じ敵と戦うための準備が整いつつある証拠だろう。資本主義、家父長制、そのような悪を擁護する国家という暴力装置を、われらは完全にぶち壊す必要がある。これがラディカルな主張だとは、私は思わない。生命が尊厳を持って生きていくための一過程に過ぎないからだ。肝心なのは国家が消えたあとの世界があると信じることだ。あらゆる権力体が失われた場所で、流動的なコミュニティを作って暮らしていく。そのような未来を想像し、創造する。われわれは、それを祈りのように遂行しなくてはならない。
さて、アナーカ・フェミニズムの世界へようこそ。国家を廃し、家父長制を廃し、資本主義を廃し、あらゆる差別と権力に敵対するための連帯にようこそ。
私はあなたを歓迎します。